―事業内容や自己紹介をいただけますか?
株式会社ライブレボリューションは、モバイル広告の仲介を専門とした代理店事業をメインに行なっています。この事業は2005年の4月から始めたのですが、今では会社の売上17億円の大部分を占めるほどに急成長しているビジネスです。
サービスレベルで言えば、日本一だと自負しています。売上の規模としては、インターネット広告全般を扱っている代理店にはかないませんが、モバイル広告代理店に絞っている企業としては大きいほうではないかと思っています。
私自身は1999年に大和証券に入社し、渋谷支店に配属されて営業の仕事をしていました。ところが、入社の翌年にあたる2000年の7月末には同社を退社。そして、同年8月に当社を設立しました。
大和証券時代は富裕層、特に社長を対象とした営業活動に焦点を絞り、その方法を模索していました。そのなかで行き着いた営業スタイルが、社長が多く集まるパーティーに参加して名刺交換をし、人脈を得るというものでした。
そこで早速参加したパーティーが、偶然にも当時流行であった「ビットバレー」―ネット起業家たちの集まりでした。そこには私と同年代の社長がたくさんいて、大変衝撃を受けました。
というのも、私は会社というのは入社するモノであって、つくれるモノだとは知らなかったからです。このパーティーに参加したことで、私にとっては非常に大きな「気づき」を得ることができましたね。
そして1999年12月にマザーズが始まり、若くても短期間で創業者利益を得たり、あっという間に事業規模を拡大していくことができるのを目の当たりにしました。
そんななか、私自身にも心の変化が訪れました。次第に、証券市場のお手伝いではなく「銘柄そのもの」、つまりプレイヤーになった方が日本経済への貢献は大きいのでは、と思うようになっていったのです。
当時のインターネット環境に関して言えば、ちょうどインターネットが普及し始めた時期であり、その未知なる可能性に直に触れていったことで、これは大きな産業になると実感していました。
こうしたことが起因となり、2000年3月くらいに独立を決意したのですが、皮肉なことにネットバブルが崩壊してしまいまいした。しかし、バブルが崩壊したからといってインターネットが無くなってしまうわけではありませんし、とにかく初心貫徹ということで予定通り2000年8月にライブレボリューションをつくりました。
その頃の米国のアマゾンは赤字で、日本中の投資家や専門家がこぞって「アマゾンなんて、うまくいくわけがない」と言っていた時代。それがどれだけ間違った認識だったのか、現在では証明されているわけですが・・・それはシリコンバレーのように、将来性を持った企業へ投資する投資家が、日本に欠如している現れでもありますね。
―これまでの中で一番辛かったことはどのようなことですか?
一番辛かったのは、創業からの4ヶ月間ですね。売上がゼロだったんです。ベンチャーキャピタルに4ヶ月間、出資のお願いをしていたために、思うようにビジネスが始められなかったんですね。
1999年の後半だったら、事業計画書を持ってベンチャーキャピタルを訪ねれば、出資可能な状況でした。ところが、私が起業したときにはすでにネットバブルが崩壊していて環境が変わっていました。しかしこうした変化に気づかず、私たちは4ヶ月もの貴重な時間をベンチャーキャピタル巡りに要してしまったんです。
当然、実績のない我々に取り合ってくれるところなど一社もなく、それらの経験をもとに、実績を残すことの重要性を認識してからは、「会社を3年連続で黒字にする」と心に決めました。その後ようやく黒字という結果を出した後は、株価80倍で増資をすることができました。
―これまでプレジデントビジョンなどを通して、多くの成功者や社長に会われてこられたと思いますが、そうした人たちとの出会いやご自身の経験の中で培われた「成功する人が持つ共通点」についてお話いただけますか?
これまで130人以上の社長に取材をしてきましたが、私が共通して感じる成功の要因とは「商売人であること」です。社長自身がそのビジネスが好きで現場に足を運び、どうすれば儲かるのか、逆にどうすればコストを抑えられるのかを熱弁する方は成功されているように思います。
一方、「社長は部下に任せることが仕事である」と言いながら急成長した会社は、失敗する傾向があるように感じています。人に任せることは非常に大事なことではありますが、それと現場を見なくなるということは異なりますよね。こうした点も含めて、社長には商売感覚が必要だと思います。 |