本田:最初に天野さんの会社の事業内容を簡単に教えてください。
天野:簡単に説明しますと、日本の若い技術者を世界で活躍させようという事業です。今、北米に拠点を置いていますが、アメリカで求められる技術というのは、相当レベルの高いものになります。
加えて、英語という問題がありますから、その点を現実的に考え、アメリカの日系企業に対して、日本人技術者を提供するアウトソーシング事業に焦点を当てています。この場合、英語がペラペラではなくても、日本語ができる点が有利に働きます。
日系企業は、日本のノウハウをアメリカの現地法人で使うという考え方が根強いですから、日本である程度の研修や実習を踏まえてきた人材である点も、アメリカの普通の人と比べると価値があると見なされ得ます。こうした日本人であるメリットを活かして、現実的なビジネスを展開しています。
本田:天野さんは、かなり長い期間、アメリカを舞台にご活躍されているわけですが、海外で起業しようと思ったきっかけはどのようなことなのでしょうか?
天野:もともとアメリカに来た時、起業の予定はありませんでした。28年前の1979年3月に大学を卒業して、もう少し学生でいたいという気持ちで、卒業と同時に渡米しました。
学生でいたいという気持ちがベースではあったんですが、「アメリカの大学院」に通えば、単に遊んでいるのではなく、それなりの形に見えるだろうと思ったんです。その後、予定通り、電子工学でマスターを取得し、卒業間際に友人に誘われ、気まぐれで就職活動に行ったのが大きな転機となりました。大学は、サンディエゴだったのですが、こうしたきっかけによりそれまで縁もなかったシリコンバレーで働くことになったんです。
当初は、2年ぐらい働けば良いかなという半ば安易な気持ちで決めた就職だったのですが、実際に働いてみるとそんなに甘いものではなかったですね。結構大変だったわけですが、やり始めてみたら結構面白くて、結局その会社に6年半在職しました。
このときまで、大学で2年、会社で6年半ですから、通算して8年半アメリカにいたわけです。英語も出来るようになり、6年半の経験で技術的なこともだいぶこなせるようになった時、このままずるずる働き続けるのも変だなと思っていたところに、起業の誘いがかかったんです。
当時は、マイクロソフトのWindowsが本格的になっていくだろうという議論が出始めたところだったのですが、そうした流れの中、Windowsのソフトを日本に紹介したり、ソフトウェアのローカリゼーションをする会社をやったら面白いよという話でした。
それまで、会社をアメリカで立ち上げるということは全く考えていませんでした。「天野さん、お金も出すし、やってみたら」ということで誘われたんです。驚きつつではありましたが、「じゃあ、やります」という感じで起業を決めました。でも、結局その人は出資してくれなかったんですが(笑)。
その人が紹介してくれた日本のソフト会社社長さんと私と2人で、当時持っていたお金を出して会社を立ち上げたのが1990年11月のことです。2年後ぐらいにWindows3.0が世に出て、そこからWindowsの波が訪れる時に起業したわけです。そうした中で自分が持っていた起業理由や志は、その時までに培ってきたアメリカでの技術者としての経験や英語力を活かし、日米の架け橋になることをしようというものでした。
会社のあるカリフォルニアは、アメリカでいえば太平洋側で、日本とイメージ的に近いところもあり、日米の間でテクノロジーに関わっていたい。それも、単なるに事業のお手伝いではなくて、技術的な面も含めた日米の架け橋、これをやりたいなと思ったのが起業のきっかけということになります。
本田:天野さんは、それから17年間会社を経営し続けられてきたわけですが、日本と海外のビジネススタイルにおいて、最も違うなと思われている点はどういったところにありますか?
天野:私自身日本の会社で働いた経験が全くありませんから、外から見ていて感じている点について話そうと思います。
端的に言って、日本の場合は、勢いという言葉はあまり良くないかもしれないですが、気持ちとか、ガッツ、努力、根性、そういう精神面や勢いで仕事をするところがあるように思っています。社員の気持ちを1つにする協調性の方が合理性よりも上位にある。
対してアメリカは、元々が皆、移民で来ているわけですから、ベースとなる考え方もバラバラです。そうした場所で、精神論をベースにすると、どこかでフェアでは無くなってしまう。「そんなこと言わずに何とか頑張ってくれよ」、「そのうち何とかしてやるから」という言い方は、実はあんまりフェアではなく、社内や共通文化内でのみ可能になるコミュニケーションなんですね。
日本で言えば、そうしたコミュニケーションは、会社外でもある程度通用すると思います。お客さんやパートナーに対しても、「何とかここはひとつお願いします」と言うことができる。しかし、アメリカでは、それを言ってしまうとフェアじゃない。やはり自分のことは自分で責任を持って徹底的にやる。その上で、相手をリスペクトしたり、助けたりするというのが基本です。
日本の精神論に比べると、具体的な仕組みや、経済的に判断できる基準がないと駄目なんです。こうした点が大きく異なっているのではないかなと感じています。
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